冷水

アニメ『遊戯王』を何度かテレビで見たことがある。見るたび不思議に思っていたのだが、なぜ、カードキャラがダメージを負うたび、プレイターも一緒に「うわぁぁぁ」と叫び声をあげるのか。プレイヤーはダメージを受けていないはずである。この画を見ていて、ふと、ある日のことを思い出した。

7歳のとき、従兄弟の家に遊びに行った日のことである。3つ上の従兄弟は友達とドラゴンクエストをしており、その友達がコントローラーを握っていた。戦闘中、キャラクターがダメージを負うたび、「イテッ」「イッてーなー」と叫んでいる。RPGをまだしたことがなかった私は目を丸くてその様子を見ていた。そしてついに我慢しきれなくなって聞いてしまった。「痛くないでしょ?」。隣にいた従兄弟は苦笑しており、友達は「う、うん」と答え、それから黙ってプレイするようになった。その横顔は、何とも言えない複雑な表情だった。

思い返せば、興に水を差してしまった。それもかなりの冷水を。彼はきっと、キャラと一体感を持つことによって、ゲームを楽しもうとしていたに違いない。アニメ『遊戯王』のキャラクターたちも、ゲームを楽しむために叫び声をあげているのだろう。そう思うようになってから、少し優しい気持ちで遊戯王を見れるようになった。

 

万人が魅入ってしまうもの

証明写真機のカーテンを100枚盗んだとして69歳の男性が逮捕された。私はこのニュースを見た時、可笑しさと悲しさが入れ混じった気持ちになった。この男性は一体何を思ってカーテンを収集していたのだろうか。盗んだカーテン100枚を眺めながら、悦に入っていたのだろうか。

私が4~6歳の頃、ビックリマンチョコのおまけで付いてきたシールを集めていた。1枚30円、弟と二人で一度に5枚~10枚を購入し、最終的には1,000枚収集した。シールはアタッシュケースにすべて入れ、シールでいっぱいになったケースを見ては、一人悦に入っていたものだった。

そもそも、収集する物が何になるかは“偶然”に等しい。「なぜそれを収集しているの?」と問われても、論理的な回答はできない。「ただなんとなく見ていると気持ちいいから」としか答えられない。その気持ちいい物が私の場合、たまたま「ビックリマンシール」になっただけである。

カーテンを盗んだ男性は不幸なことに、「証明写真機のカーテン」に魅入ってしまったのかもしれない。もしそうだとすれば、犯罪なのだけれども、何とも可哀想な気もしてくる。

何を収集するかは偶然だと述べた。だが、一つだけ例外がある。それは「お金」である。万人が時間と労力を惜しまず、必死になって集めている。通帳の数字を見ては、悦に入っている人はどれぐらいいるのだろうか。私も悦に入りたい。

 

大きいほうだよ

人は見た目が9割
この言説はおそらく真理だろう。見た目には、その人の美意識や粋、相手への気遣いや思いやりが表われる。外見は内面を映す鏡と言ってもいい。

私の愛読書の一つに、ビートたけしの著書『浅草キッド』がある。本書の中で私が特に好きなのは、たけしの師匠である深見師匠の話だ。深見師匠の江戸っ子精神に今の現代人にはない心意気を感じ、何度も読み返した。深見師匠もまた、服装の大切さをたけしに説いている。

「タケ、おめぇな、いくら貧乏しているからって芸人の端くれなんだからな。芸人は食うもん食わなくたって着るもんにはお金をかけるものなんだよ。ええ、腹減ってんのは見えねぇけど、どんな服着てるかってのはすぐに分かるぜ」(P118)。

barで友人からこんな相談を受けた。「A子とB子、どちらと付き合おうか悩んでいるんだよね。A子は・・・でいい子だし、B子は・・・で可愛いし。なぁ、どっちと付き合ったほうがいいと思う」。以前の私なら、「両方と付き合えばいいんじゃね」と答えていただろう。しかしこの時の私は、『浅草キッド』を読んでいたこともあって、外見の大切さが脳裏をよぎった。私はウィスキーグラスを静かに置き、彼の眼を見てこう言った。「おっぱいの大きいほうだよ」。

 

加齢臭

「自分は無宗教」と思っている日本人は多い。それは誤解である。日本は世界一の宗教大国であり、誰もが宗教心を持っている。日本人の生活の中には、様々な宗教慣習や風習、そして言葉が溶け込んでおり、知らず知らずのうちに宗教心が養われているのだ。日本の犯罪率が低く、マナーがよいのはそのためだ。

宗教の完成形は、生活と宗教の一体化にある。切り分けているうちは、真の意味で宗教心が浸透しているとは言えない。敬虔な宗教家が多い国でも犯罪率が高いのは、生活と宗教を切り分けているからだ。宗教が生活に溶け込み一体となったとき、意識しなくても宗教心が心身に宿るのである。日本人の「自分は無宗教」という無自覚さは、それだけ生活の中に溶け込んでいる証でもあるのだ。このことは、世界に誇ってもいいと私は思っている。

新幹線に乗車した時の話である。指定席に座った瞬間、鼻を突く嫌な臭いがしてきた。はじめは何の臭いなのか、臭いのもとはどこなのかと探してみたが分からなかった。10分して気づいた。私の隣に座っている男性の加齢臭であることに。さぁ、これは困った。自由席なら席を移動すればいいが、指定席の場合はそうもいかない。停車駅に止まるたび、「ここで降りろ! ここで降りろ!!」と神に祈った。神は無慈悲だった。結局男は、終点(東京)まで降りることはなかった。そして男は無自覚だった。嘔吐寸前に追い詰められた私の存在に。

加齢臭は、本人には分からないらしい。日々の生活の中に溶け込んでいるため、臭いに気がつかないのだ。生活と一体となり無自覚になるのも考えものである。

 

やりました・・・。やったんですよ!必死に!

デリヘルを頼んだら写真と違う人が来た。男性なら一度は味わう苦い経験である。

1年ほど前、あるブログ記事を目にした。内容を要約すると、「風俗雑誌に載せる写真を修整するバイトをしていたけど、罪の意識に苛まれて辞めました」といったものだ。コメント欄には「お前の所為だったのか」「どおりで別人が来るわけだ」などの書き込みで溢れていた。写真と違った、想像と違ったといった経験は、デリヘルに限らず、誰しも一度や二度あるはずだ。そしてその経験はしこりとして一生残る。

つい数日前、私は「機動戦士ガンダムUC フルアーマー・ユニコーンガンダム (デストロイモード/レッドカラーVer.) 」を注文した。Amazonの商品写真を複数見たが、どれも組み立てられたガンダムUCが載っており、それを見た私は、「おぉ、完成しているタイプのプラモデルなのか」と思い即購入。だが、それは誤解だった。届いた商品を開けてみたら、ゼロから組み立てるタイプのプラモデルだったのだ。

知らない人のために言っておくと、「機動戦士ガンダムUC フルアーマー・ユニコーンガンダム (デストロイモード/レッドカラーVer.)」は、装備がやたらと多く、そのため、他のプラモデルよりも部品が数多くある。装備の多さに魅かれて買ったのだが、それがかえって仇となった。組み立てるのに、6~10時間かかると思われる。正直言って、そんな時間はない。

 
「頑張って組み立てようと努めましたが挫折しました」といったブログのネタにでもしようかと思ったが、それすら面倒臭くなった。最後のオチの台詞も決まっている。

「やりました・・・。やったんですよ!必死に!その結果がこれなんですよ!!パーツをばらして、組み立てて、今はこうして途方に暮れている!これ以上なにをどうしろって言うんです!!何を嵌め込めって言うんですか!!」←分かる人にしか分からない

ココナラで組み立てをお願いしてみようかな。

 

桜吹雪

生まれ育った実家の近所に、馬を飼っているお宅があった。羊や鶏に猿も飼っており、時々、小熊を捕まえて来ていた。5歳ぐらいの私から見たら、そこはもう動物園に等しかった。そのお宅の亭主は、あっち系の人間との繋がりがあるのか、あるとき、私と弟に刺青を見せてきた。五月蠅いガキどもを黙らさせるために見せたのかもしれないが、私と弟は全く逆の反応を示した。刺青にしがみつき、「金さんだ、金さんだ!」とはしゃいだのである。

「金さん」とは、当時放送されていた時代劇「遠山の金さん」のことである。遊び人の金さんに扮(ふん)する北町奉行・遠山左衛門尉が善良な町民を苦しめる悪人を退治し、その後、町奉行所にて悪人に罪状を言い渡すのが一連のストーリー。罪状を言い渡す際に、右腕に掘られた桜吹雪の刺青を見せるのだが、このタイミングが実に絶妙で爽快だった。悪人がシラを切ったりとぼけた時、つまり、言質を取ったタイミングで右腕をめくり上げるのだ。(悪人は、自分たちを退治した金さんと遠山左衛門尉が同一人物だとこのとき初めて悟る)。実に計略的である。

「やかましぃやい! 悪党ども!! おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた事をぬかしやがって! この桜吹雪に見覚えがねぇとは……言わせねえぜ!」。テレビを見ながら、「出た―、桜吹雪、もう最高だね、金さん」と心の中で叫んでいた。私の中で、時代劇と言えば、何を置いても「遠山の金さん」である。そして、「遠山の金さん」と言えば、松方弘樹である。

先般、亡くなられた俳優の松方弘樹さん。最高の演技、そして「遠山の金さん」をありがとうございました。

 

村の勇者

最近の若い男は、性への関心が薄いようだ。彼女もいなければ性体験も乏しい。一説には、アダルト情報へのアクセスが手軽にできるようになったのが要因だと言われている。確かに、淫語を入力するだけでいくらでも画像や動画が見られるのは、性への距離が近すぎてしまい、畏敬の念も薄れてしまうだろう。私たちの時代は違った。エロはそう簡単に手に入るような代物ではなかった。

男の子が性に関心を持ち始めるのが、小学5,6年生頃だ。私も例に漏れなかった。休日、友達数名が集まり、エロ雑誌収集作戦が決行されていた。「A君は北へ、B君は西へ、そしてC君は南へ。それぞれエロ雑誌が捨てられている場所へ向かい、5時にここに集合すること。では、健闘を祈る」。敬礼後、目的地へと各自散って行った。

収穫したエロ雑誌は皆で回し読みする。捨てられていた収穫物は、往々にして状態がよろしくない。雨で濡れ、その後乾燥したエロ雑誌は、よれよれに曲がっており、ページもひっついている。それを1ページずつ丁寧に剥がしていくのだ。運よく状態のいい物に出合えたら、大収穫である。雑誌に映る女性の裸写真を見ながら、「もしかしたら黒くモザイクがかけられている部分を消しゴムでこすったら、見えるようになるんじゃね」と言い、コロンブスの卵的な発想の転換だと信じて、穴があくまで消しゴムでこすったこともあった。

それだけエロ画像は私たちにとって手に入りにくいものであり、入手には心血を注いだものだ。当時の我々にとって、エロは英雄の証でもあった。新品のエロ雑誌を手に入れた者は称えられ、兄が見ていたエロビデオを拝借した者は仰がれ、父親裏ビデオを入手した者は村の勇者となった。そしてこれらの苦労は、性への憧れをより一層強くし、欲求を募らせた。

アダルト情報にいくらでもアクセスできる昨今、村の勇者になる機会を皆失ってしまった。いや、誰もが勇者になってしまったというのが正しいのかもしれない。そこには何の特別性も感じられない。勇者(男)は旅に出なくては一人前になれない。エロを求める旅が男を男としてたらしめるのだ。

 

いつかはホームラン

男の子は小学生に上がる頃、人生で初めての二者択一を迫られる。「コロコロコミック」か、それとも「コミックボンボン」か。私はボンボン派だった。この時点で、女性の大半は話に付いて来れないだろうが、そんなことは関係ない。大多数の男性に通じればそれでいい。

ボンボン派だが、実はコロコロも愛読していた。昔からの浮気性である。当時、コロコロではギャグ漫画『かっとばせ!キヨハラくん』が連載されていた。主人公の「キヨハラくん」は、そう、プロ野球選手の清原和博がモチーフである。当時の私にとって、「きよはら選手」とは、コロコロコミックのキヨハラくんのことだった。

中学生に上がる頃には、私はコロコロもボンボンも卒業していたため、連載がどれだけ続いたのかは知らないが、3年前の2014年に続編にあたる『コロコロアニキ』がスタートするというニュースがネットから流れてきた。「あぁ、キヨハラくんは、今の時代でも健在なのか」と、懐かしく思うと同時に嬉しい気持ちにもなった。

だが、しかし、である。
ご存知の通り、主人公のモチーフとなった清原和博が昨年逮捕された。私の脳裏によぎったのは、キヨハラくんである。ボールを打っていたのが、薬を打つようになったというオチで休載になるのかと思った。だが、私の心配を余所に、神妙な最終回(代作『いつかはホームラン』)を迎えて休載となった。

人生は分からないものである。時代の寵児になった人でさえも、人生をコロコロと転がり落ちていくのだから。キヨハラくんの最後の台詞は、「さてと...。元気出して、やろうかね...」だった。いつかまた、再起した「きよはら」を見てみたい。そして私もいつか、人生のホームランを打ちたいものである。「人生送りバント」からの脱却を。

 

学校へ行こう

後4日でバレンタインデーである。この日を澄ました顔で過ごす男子ほど、実はチョコが欲しくて堪らないものである。実は私、そこそこモテたほうだったが、ことバレンタインデーに関しては、いい思い出よりも、嫌な思い出のほうが印象強く残っている。

中学1年生のときである。とある同級生からチョコを渡された。全くの対象外の女子だったのだが、そんなことはさして問題ではない。問題だったのは、場所と時間と渡し方だった。下校時間、皆が必ず通る道の真ん中で、上級生を三人連れて渡してきたのだ。恥ずかしかったのと、受け取らないわけにはいかない状況下で渡してきた行為に腹が立った。腹が立ったとはいえ、そんな状況下、受け取らないわけにはいかない。「ありがとう」と一言お礼を言い、チョコを受け取った。

当時のテレビ番組で、V6がレギュラーの『学校へ行こう』が放送されていた。中学生が学校の屋上から全校生徒に向かって何かを告白するという番組企画だった。誰かに向って謝罪する告白もあれば、愛の告白をすることもある。私はこの番組を見ながら、「こんな状況で告白されたら、たとえ嫌でも、『YES』って言うしかないだろ」と自分を重ねながら見ていた。NOなどと言えば、大衆の面前で女性に恥をかかせてしまう。嘘でもYESと答えるのが男というものだと思っていたし、今でもそう思っている。

男子生徒が愛の告白をした。「○○さんが好きです。付き合ってください」。女子生徒は「ごめんなさい」とあっさり却下。あぁ、女の子は違うのね、と思った次第である。

 

ニンテンドークラシックミニ

大人に行きつけのbarがあるように、子どもにも行きつけのおもちゃ屋がある。私が小学生の頃、月に4回以上通ったおもちゃ屋ポニーがそれだった。

店前にはカードガチャ4台があり、店内に入ればゲームソフト、プラモデル、ミニ四駆、ラジコンが山積みされていた。童心を捉えるには十分の品揃えだった。おもちゃ屋ポニーで一体何百回のガンダムカードガチャを回しただろうか。一体何十本のゲームソフトを買ったのだろうか。ポニーには、数え切れな思い出がある。

当時は、ファミコンスーパーファミコン全盛期であり、おもちゃ屋ポニーでも売れ筋の商品群だったに違いない。中央にあるカウンターには何本ものゲームソフトが飾られ、ガラスケースの中にも何十本と並んでいた。ワクワクしながらガラスケースを覗いていたのを、昨日のことのように覚えている。

時は流れ、私は中学生になった。時代もまたスーパーファミコンからプレステに移行していた。おもちゃ屋ポニーは時代の波に逆らうかのように、頑なにファミコン&スーパーファミコンのソフトを販売していた。まるで「子どもが遊ぶべきゲームはファミコンだ!」と言わんばかりに。考えてみれば、ポニーは幼児~小学生向きのおもちゃがメインだったようにも思う。経営が芳しくなかったのだろうか、年々、店主(ポニーのおっちゃんと読んでいた)の顔から笑みが薄くなっていったかのように思えた。

中学2年のとき、下校途中、友達とポニーに立ち寄った。店内の一角にある文房具を見ていたら、店主の鋭い視線を感じた。いぶかしげな表情で注意深く私たちのほうを見ている。はじめは何でなのか分からなかったが、表情を見ているうちに、「あぁ、万引きを疑われているんだな」と悟った。確か、万引きによる苦情が学校に来ていると先生から聞かされたことがある。きっと、ポニーのおっちゃんも被害に遭っているのだろう。だけど、小学生の頃から馴染みの自分まで疑われたことは、当時の私にとっては軽くショックだった。それから足が遠のき、もうお店に入ることはほとんどなかった。

それから10年後、おもちゃ屋ポニーの前を車で通ることがあった。建物は原形のままだったが、ポニーは潰れていた。「○○会社」の看板が掲げられ、別の会社になっていたのだ。そうか、潰れたのか。もう、お店に入っても、時代遅れのゲームソフトやプラモデルを見ることもないのか。カードガチャも回せないのか。もう行くことはないとはいえ、思い出が一つ消えた事実は、心にほんの少し穴が空いた感じがした。

ニンテンドークラシックミニを子どもと一緒に遊んでいるよーー」。
最近、片手に乗るファミコン任天堂からリリースされた。童心に還り昔のソフトで遊ぶ人、子どもと一緒に無邪気に遊ぶ昔の子たち。そんな和やかな写真がFacebookから流れてきた。そんな様子を見ながらつぶやいた。「ポニーのおっちゃん、見ているかい。ファミコンがまた流行っているよ」。