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父の想い。

俺は父も母も嫌いだ。
父は仕事人間でいつも夜遅くに帰ってくる。休みの日はゴロゴロしているだけで、家族サービスなんてものはない。そのくせ俺には「ちゃんと勉強しているのか」と説教をする。家族をかえりみず仕事をする父が嫌いだった。

 

母はそんな父に文句一つ言わない。ただ、じっと黙っている。その背中はいつも寂しそうだった。そのくせ俺には「お父さんのようになってはダメ」と説教をする。本人には直接不満を言わず、父を卑下する言葉を口にする母が嫌いだった。

 

父も母も、はじめからそうだったわけじゃない。俺が小さい頃、父は野球やサッカーをして遊んでくれたり、休みに日には遊園地や動物園に連れて行ってくれた。そんな俺たちを母はいつも微笑ましそうに見ていた。俺はそんな父も母も大好きだった。それがいつしか父は仕事人間になり、母は父を卑下する言葉を口にようになった。

 

俺は高校を卒業してすぐに家を離れ、一人暮らしを始めた。仕事も見つかり、精密機械の営業職に就いた。父と母は大学に行けと言ったが俺は頑として断った。早くこの家を出たかったからだ。

 

進路を決めるとき、俺は父と大喧嘩をした。取っ組み合い寸前だった。そのときついに俺は日頃の不満をぶちまけた。「俺は親父みたいにはならない。母さんみたいな女とは結婚しない」。涙を流しながら叫んだ。母は泣き崩れ、父も目を赤くして涙を堪えながら、「そうか……。俺が間違っていた。悪かった……。だがな、お前には幸せになってほしいんだ」と言った。だが、その言葉は逆に俺の癇に触れ、追い打ちをかけた。「何が幸せになってほしいだよ。だったら、もっと家庭を大事にすればいいだろう。ふざけるな」。父は大粒の涙をこぼし、息を詰まらせた。あそこまで泣いた父を初めて見た気がする。あの日以来まともに口がきけなくなり、俺は逃げるように家を離れた。
家を出る当日、父は何か悲しいものを見るかのような目で俺を見つめ「父さんの様な間違いはするなよ」と小さく漏らした。「それが別れの挨拶かよ。はんっ」。吐き気が出るほど苛立った。

 

新居に移り、仕事に励んだ。
正直、仕事はきつかった。蒸し風呂にいるような夏も凍えるような冬も外回りをしなくてはならない。理不尽な客にも頭を下げ続ける毎日。毎日がストレスの連続だった。だが、学歴がない分、足で稼ぐしかない。残業も文句を言わずに努めた。

 

会社に就職してから7年、その年に入社した女性社員と恋に落ちた。彼女は事務職で、俺は外回りが主だったため、職場で会うことはほとんどなかったが、3年間付き合い、結婚することとなった。翌年、子供を授かった。男の子だ。ありふれた言葉だが玉のように可愛い赤ん坊だ。

 

子供に早く会いたくて、毎日飛ぶように帰宅。『目に入れても痛くない』の意味が分かった気がする。お風呂もおしめの替えも率先してやった。子供が喜びそうなおもちゃがあるとすぐに買って帰った。写真機もプロ用を購入して子供を毎日撮影した。そんな俺を見て妻は親バカと言い笑う。親バカでも何でもいい。子供と一秒でも長く居たく、思い出を残したい。子供を愛でるたび、父を思い出す。なぜ父は、子供を擱いて仕事をするようになったのか。子供が愛しく思うほど理解できない。

 

息子はすくすくと成長し、優しい子に育った。俺と妻が喧嘩をすれば、かならず妻の味方をする。そんな母思いのいい子だ。
そんな息子が小学生に上がった頃、子供の将来について妻と話す機会が多くなった。妻は、周りの子供達は園児の頃から習い事や塾に行っているから自分の子供にも行かせてやりたいと言う。俺は小さいころから勉強漬けになるよりは、外で遊ぶほうがいいと思っている。だが、社会に出て学歴がどれほど就職や出世に影響を与えるかを身に染みて分かっているだけに、反対できない。俺は妻の要望通り、子供に習い事や塾に行かせることを承諾した。

 

ただ一つ問題がある。それはお金だ。習い事などもそうだが、中学、高校の進学を考えると思った以上にお金がいる。妻は自分も働きに出ると言ったが、育ち盛りの子供が家に帰って母親がいないのは寂しいだろうと思い、それは拒否した。
その代わり妻には、俺が子供を見れない分しっかり育ててほしいとお願いした。俺の様に苦労してほしくない、息子には俺以上の男になってほしいと打ち明けた。

 

俺は今まで以上に仕事に励んだ。子供には俺のように苦労してほしくない。俺が苦労した分、子供の苦労が減るのなら喜んで仕事をする。接待続きで帰りが遅くなったが、子供の寝顔を見ていると翌日も頑張ろうという気がしてくる。

 

息子は中学に上がり、時々親に口答えをするようになった。思春期だから仕方がないと思っていたが、中学3年になった頃、ついに大喧嘩をするまでに至った。そこまでの経緯は忘れたが、息子は俺が家庭を大事にしていないと言うのだ。「いつも夜遅くまで飲んでいて、母さんのこと、どう思ってるのさ。母さんも母さんだよ。『お父さんの様になっちゃダメ』って言うならさ、そんな男と別れればいいんだ」。
「ごめんなさい。ごめんなさい」。妻は泣き崩れた。
自然と涙が溢れて来た。俺は胸の底から吐き出すように言葉を漏らした。「そうか……。俺が間違っていた。ごめん。ごめんよ……」。